社長 村 権蔵

東邦プラスティックサスペンダー株式会社社長、
村 権蔵は結婚式のスピーチを人生で初めて依頼された。
村 権蔵は根っから職人肌の人間。
裸一貫で会社を立ち上げ、
黙々と働き、その姿を従業員に見せることで
尊敬を集め、1人だった社員が、
全世界で3万人いる大企業になった。
そんな状況になっても、
村 権蔵は変わらなかった。
不器用な男だった。
その不器用さ故に、愛想はなく、
従業員に尊敬はされていたが、
慕われることはなかった権蔵であった。
そんな権蔵に結婚式のスピーチをお願いしてきたのは、
最初の従業員、羽柴繁雄の長女だった。
この長女の美雪が2歳になるころから、
羽柴繁雄は工場に連れてくるようになり、
村 権蔵は大そう可愛がった。
目にいれても痛くない程であった。
村 権蔵は結婚の縁がなく、
現在も未婚。
そんな村 権蔵が結婚式のスピーチを頼まれた。
人前に出ることが大嫌いで、
今まで一度も経験がない。
しかし、あの可愛い美雪のため。
ここはやるしかない。
どうしようか。
美雪を泣かせる事を考えるべきか、
それとも会場にいる全員を泣かせる方向で考えるべきか。
うーん。
悩むなー。
と、考える権蔵は、
立派なエンターテイナーだった。
美雪を泣かせた後で、
美雪の両親を泣かせ、
その後友人を泣かせ、
泣きながら歌を歌おうか。
と、考える権蔵は
立派な演歌歌手だった。
美雪の友人を舞台に上げて、
俺と友人で歌って踊って、
笑顔で終わらせようか。
と、考える権蔵は
立派なミュージカルスターだった。
思い切って美雪と舞台に上がって、
政治討論会をして、
シリアスに終わらせようか。
と、考える権蔵は、
立派な田原総一朗だった。
権蔵よ。永遠に。